[40] 通訳席から世界が見える
既に亡くなって久しい私の祖母が、昔、私に教えてくれた言葉に「人は二つの目で見ている」という言葉がある。つまり、片目では見ていない、あるいは見られていないように見えても、ちゃんともう一つの目で、人はあなたという人間を見ているのだと言う意味だ。
よく実力社会というと、他人を蹴落として、自分を這い上がらせるような、えげつないイメージがあるが、実は、自分のやったことは、良くも悪くも自分に降り掛かってくる社会。自分が発するエネルギーが悪ければ、それによって窒息し、沈み込んでいくのは誰でもない自分自身。逆に、環境に影響されずに自分を律していけば、どんどん上に自然と上がっていくのも実力社会。自分が這い上がるためには手段を厭わない人間がいるからこそ、逆に人々の人間を見る目が肥え、高い人格の持ち主が評価されるのも、この実力社会だ。
新崎隆子さんと言えば、NHKの放送通訳で名の知られている、日本で活躍されている通訳者の一人だ。私は昔、NHKの国際情勢の報道に於いて、同時通訳者と出てくる彼女の名前を見ながら、世の中にはこんなに優れた人もいるものだと、遥か彼方、自分とは全くかけ離れた世界で活躍されている彼女について思ったものだった。
それから、随分年を隔てた今、彼女が通訳者になるに至った背景と、通訳という仕事について書かれた「通訳席から世界が見える」を読んだ。
彼女が、4歳という可愛い盛りの子供を失い、気がおかしくならんばかりの自分の命を絶たないようにするには、何かに真剣に打ち込まなければならないと選んだものが、通訳者になるための勉強だった。
人は絶望の淵から這い上がる時に、何かにしがみつこうとする。私の知人も、婚約者を公民権運動の最中に失い、絶望の淵から立ち上がるためには、公民権運動の指導者の多くが医師であるということから、自らも医師になろうと、その時から、猛烈に勉強をしながら、マクドナルドでバイトをして学費を払い、後に医師になった女性がいる。
与えられた優秀さではない、自ら培った優秀さは、技術や能力の面だけでなく、人間をも磨く。これが人間として、そしてその専門職として、後々まで持ちこたえられる精神力と評価を作る。人は二つの目でちゃんと見ているものだ。
通訳という仕事に全く興味がなくとも、人間形成という面から、この本はこれからの実力社会を生きていくビジネスマン、ビジネスウーマンにお勧めする。
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