[22] 何があっても大丈夫
「人から見れば、欲しいもの全て手に入れているのに、なぜ苦労する道を選び続けるの」と中学時代の親友に問われた事がある。環境によって苦労を強いられたわけでもないのに、他人から見れば苦労をわざわざ拾って歩く私の姿が、かなり奇妙に見えたことだろう。
とは言え、本人にそれらが苦労として見えたわけではなく、単に目の前に登場した、チャレンジしがいのありそうな出来事は、私にとっては人生の目標と活力を与えてくれる、願ってもない宝石だった。
苦労と言えば、櫻井よしこさん著「何があっても大丈夫」に記されている、一人の聡明な人間を形成した、彼女の多大な努力と精神力には脱帽する。人知れず苦労と努力を重ねてきた人と言うのは、人間としての輝きに偽りがない。
又、彼女の文章は、私が米国に来て以来、理解しがたかった、日本で使われている日本語の堕落とは無縁で、とても美しく、爽やかに淡々と、自らの過去を書き連ねられている。これは、彼女の意識の高さを物語り、文章への、つまり作者への信頼性を抱かせた。
自叙伝は特に、書き手が何を目的に出版したのかを、考慮しながら読むことが大切だが、この「何があっても大丈夫」は、読者に試練を乗り越え続ける勇気を与えようと、題名どおり、人生の応援歌として書かれたように思われる。
複雑な血縁関係、自活で大学卒業、帰国後の厳しくともやりがいのある仕事と、フリーランスとしての自立、活字から映像メディアへの挑戦など、どれ一つ取っても「楽」をするために選ばれたものが存在していない。
どんな状況に置かれても、そこから学ぶ事はあるという、素晴らしいメッセージだった。
ところで余談になるが、日本で製作されている本の装本は、とにかく美しい。手に取った途端、欧米の出版物とは全く感触が異なる。一瞬のうちに五感が刺激されるというのか、ついつい本そのものを撫でてしまう。
日本の出版物が、内容はともかく、なかなか捨てられない理由は装本にある。
綺麗な物を作る意識が国民に浸透していて、それ意外のことは思い浮かばないのだろうと思う。粗い社会に長年身を置くと、こうした繊細さと美を愛でる文化が恋しくなる。
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